元来、仏教とはきびしい修行をかさね、生きている人間ならば絶対にのがれることのできない「苦」である「生老病死」の迷いから解きはなたれ、絶対的なこころのやすらぎを得る「さとり」の境地にいたることを目的としていました。
しかし、よくよく考えてみると、きびしい修行を実行することができ、そしてその修行をまっとうし「さとり」の境地にいたることができる人は、実はほんのひとにぎりの宗教的エリートだけだといえます。ならば、いくら仏教のおしえがすばらしいものであっても、仏教によって実際に救われる人は、世界中のほんのわずかの人だけであるということになってしまいます。
浄土真宗をひらかれた親鸞聖人は9才で出家され、それいらい比叡山(滋賀県大津市と京都市にまたがっている山)できびしい修行を積んでおられました。しかし、いくらきびしい修行を積んでも「さとり」の境地にいたることができませんでした。
そこで親鸞聖人は比叡山から下り、京都のまちで浄土宗をひらかれた法然上人を師とし、さらにご自身の求める仏教の道を追求されました。
人間には、生きているからにはだれもが完全に捨て去ることが不可能な「煩悩(ぼんのう)」をもっています。「煩悩」とはひらたくいえば ” わたしのこころをかき乱す、わたし自身のこころの欲望 ” のことです。
親鸞聖人は、いくらきびしい修行を積まれても決してこころから消えない「煩悩」にたいへん苦しまれていました。
親鸞聖人は、この「煩悩」を捨てさることはとてもむずかしいことと気付かれたのです。そこで、自分の力「自力」で煩悩を捨て去ることができないのだから、「本願」をはたらきかけてくださるあみださまのお力、いわゆる「他力」のはたらきにすがり、みずからが救われていくしかないことにたどりつかれたのです。