極楽について、少し歴史的なお話しを述べたいと思います。
現代は医学の進歩などによって 日本人の平均寿命は80才をこえています。しかし、例えば1950年では60才前後だったように、ここまで長寿社会が実現したのは人間の長い歴史のなかでもほんとうにごく最近のことです。
しかし、親鸞聖人が生きられた鎌倉時代から戦乱の世を経てそして現代にいたるまで、人々にとって「死」とはかなり身近なものであったことは容易に想像できるでしょう。度重なる飢饉、疫病、そして戦乱を前に人々は「わたしは死んだらどうなるのだろうか」と考えていたでしょう。
現代は諸科学が発達し世界は「科学」的な価値観に支配されていますが、この「科学」で万物を理解するようになる以前は、「意味」の立場から世界を理解していたといえます。例えば、今私たちは空にカミナリがとどろく現象を物理的に科学的に知ることができますが、昔は ” 空のかみさまが怒っていらっしゃる ” などと理解していたことでしょう。
このような「意味」中心の世界観のなか、人々は「人間は命がつきるとどこか別の世界に行く、そしてまた生まれ変わる」という感覚を、大前提として持っていました。
例えば立派に修行をした高僧であるならば、きっと死後の行く先にも安心を感じていたのかもしれませんが、市井に生きる人々は日々の営みのなかではいわゆる仏教的にはよろしくないといわれることがらをたくさん行ってしまいます。仕方なくうそをつくこともあるでしょうし、魚や肉などの命をとって食することも当然あったでしょう。前近代の社会にはいわゆる仏教的な価値観やものの考え方が人々のなかに深く根付いていたことが、主に民衆思想史研究の立場からあきらかになっています。「もしかしたらわたしは、死後現世での罰を受けるかもしれない・・・」
このことは人々にとってはきっと大きな問題であったでしょう。
このような価値観なかで、親鸞聖人があきらかにされた他力本願の教え「あみださまの他力にすがってお念仏申せば、そのお力によって死後必ず極楽に生まれさせていただける」という教えは、またたく間に広まっていきました。教えを聞いた人々は死後の極楽往生の安心を得るとともに、実際に生きる現世においてもその安心感のもと日常生活を営まれたことでしょう。
このことは歴史的な考察から見た、浄土真宗が広まったひとつの理由であるといえるでしょう。